身体の中心はどこになるか -姿勢と丹田から考える- 東洋医学研究所?グループ二葉鍼灸療院 院長 田中 良和
2012-08-22 21:14
東洋医学研究所
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平成23年5月1日号


はじめに
  時々刻々と時間が速くながれる現代において、自分の体というものを意識する機会は少ないのではないかと思います。多くの皆さまが体を意識する時は、「体に痛みがある」「いろんな症状が出てきた」「病気になってしまった」、そんな病的な状況の場合が多いのではないでしょうか。運動を常に行っている方やスポーツ選手は、常に身体を使っているため、運動していない皆さまよりは身体に対する意識は高いと思います。
 身体を意識することは、重力がある地球にいる限り、誰でもどこでもできることです。そして、その中心が身体のどこにあるかを意識することは、美しく、力強い身体をつくるのみでなく、心を安定させ、健康で豊かな人生をつくるきっかけにもなると感じます。
 今回は「丹田」と「姿勢」を中心に、身体の中心がどこにあるのか?ということを考えていきたいと思います。

バランスのとれた姿勢とは...
 身体を横から見て、頭頂部、耳、肋骨、骨盤、脚が一直線上に並んでいる状態です。また、前面からみて、地面の水平ラインに対して、両肩を結ぶラインや骨盤を結ぶラインが水平であることと言えます。

物理学でいう身体の重心...
 物理学では質量の中心あるいは重力の中心を「重心」と言います。立位姿勢では、床面からの重心の高さは、男子成人の場合、身長の56〜57%のところにあり、女子成人の場合、55〜56%のところにあるとされています。この表し方は、比重心高(各人の身長に比べたそれぞれの重心の高さ)と言います。だいたい腰付近に「重心」があるということです。

身体の中心とは...
 さて、バランスのとれた姿勢、立位での重心の位置を踏まえたうえで、自分の身体の中心はどこにあるのか発見していきましょう。人は生活において常に動くことが要求されます。これは当然のことですが、日々の生活、あるいは運動において、肉体があり、重力のもとに生活している場合、動くのための身体の中心が必要となるのも当然のことなのです。
 最近、身体の動作や姿勢、意識の大切さを訴える情報が多くなっています。その情報は、武道や武術を実践されている方々からの発信が多いようです。特に心技体を要求される武道や武術なればこそ、このような認識を持つのは必須なのかもしれません。
 身体の中心を上下に貫くラインは、天から頭の真中のやや後ろより(百会というツボ)から背骨のやや前方を通り、肛門のやや前の会陰を貫き、足をまっすぐ揃えて立った時の内くるぶしを結ぶラインの中点を貫き、地に至っています。
 この身体の中心を貫くラインを、日本の武道や武術、伝統芸能では「正中線」と呼んでいます。このラインは武道など日本独特なものであるかというと、野球では体軸、ゴルフでは軸、クラシックバレーなどではセンターと呼ばれ、名称こそ違いますが、すべてのスポーツ動作に通じるものです。日常生活動作でも同様であると言えるでしょう。

丹田とは...
 これら身体の中心ラインのさらに中核として、古来より日本で重要視されてきたのが「丹田」という場所です。丹田とは、道教の用語であり、エネルギーの中心となる場所を指します。丹田には、額にある上丹田、胸にある中丹田、そして、臍下三寸にある下丹田があります。インドや中国に比べて、日本では坐禅や正座など"坐る文化"の発展とともに、下丹田が「臍下丹田」と言われ重要視されてきました。(以下「丹田」と書かれているところは、下丹田を指します。)
 「腑に落ちる」「腹を割って話す」「腹に据えかねる」「腹におさめる」などの、からだ言葉が昔からあるように、日本人は物事を腹(肚)で考え、捉えてきました。この文化は江戸時代を中心に発展したと言われています。その一例が、武士が一命を賭して訴えを行う切腹です。切腹は丹田を刀でかっさばきます。肚(丹田)に「武士の武士たる根本がある」からこそ、切腹はこの部分でなくてはならなかったのでしょう。
 このホームページをご覧の皆さまは、健康意識が高く、この丹田という言葉を聞いたことがある、あるいは、知っている方々が多いのではないかと思います。現在では、この丹田を活用しているのは、武道や武術、あるいはヨーガなどの呼吸法を実践されている人、禅、日本舞踊、能、三味線、謡など日本の伝統文化の世界です。これらの世界では、丹田は上達のカギを握るたいへん重要な存在なのです。

丹田を解剖学的にみると...
 丹田の位置する場所は、臍から恥骨結合の間で、臍下三寸、身体を上下に貫くラインの前方となります。そこには丹田という臓器や筋肉は存在しません。丹田という意識的存在がそこにあります。その中心には小腸が存在し、その奥には、骨盤内蔵器、下肢、卵巣や精巣などの性腺、腎臓などに心臓からの血液を送る腹大動脈や、それらから逆に心臓に血液を送り返す下大静脈という大血管も存在します。また、その両側には、下半身と上半身をつなぎ、骨盤のインナーマッスル(深層筋)として重要な腸腰筋が存在します。
 最近の研究では、腸と脳は密接な関わりがあるとされています。脳にあるセロトニンをはじめとする神経伝達物質は、腸にもほぼ存在していることが分かっていますし、腸脳ホルモンと言って、腸と脳は血液を介して密接に連絡していることも分かっています。発生学的にみても進化の過程で腸菅から脳ができたわけですから、当然と言えば当然なのかもしれません。
 腸腰筋(大腰筋・腸骨筋)は、人の身体運動の中で最も強力な働きを行う股関節と、体幹の中心である胸椎下部・腰椎など脊柱に繋がっています。世界あるいは日本で活躍するトップアスリートや、美しい姿勢で歩く世界的なスーパーモデルは、ほぼ例外なくこの筋肉を使いこなしています。
 これだけを考えても丹田を意識し、あるいは丹田を中心とした身体運動や動作は、何かいい感じがする!と思いませんか!?

丹田を意識したことによる効用として...
?心が乱れず、動揺しない   精神が安定し、物事を大所高所からみることができます。
?呼吸が深くなる   とくに呼気が深くなります。呼気は自律神経の一つ副交感神経が優位な状態であり、精神を落ちつかせ、消化機能などの内蔵機能を活発にさせます。また、丹田の上部に位置する横隔膜の動きが大きくなり(腹式呼吸)、浅い呼吸の時に使う首の前方の筋肉や胸の筋肉の緊張がほぐれ、肩の力も抜けて、肋骨など胸郭の動きも大きく広くなります。その連動で肩関節などの動きもよくなります。 
?上虚下実となる
  腹から下半身が安定してどっしりした状態となり、上半身は力が抜けベストな自然体の姿勢となります。能楽師はそのような姿勢で立っています。能楽師であった世阿弥が言った言葉に、「腰、膝は直にし、身はたおやかなるべし」というものがあり、丹田をつくることにより、力強い下半身としなやかなで柔らかい美しい姿勢ができるのでしょう。
?深層筋を活用できる
  ?のような姿勢を得ることで、無駄な表層筋の力を入れることなく深層筋を活用して身体運動、動作ができます。スポーツ選手においては、自分の潜在能力を発揮できることに繋がります。

貝原益軒の養生訓では...
 "臍の下三寸を丹田という。腎臓の動気と言われるものはここにある。『難経』という医書に「臍下腎間の動気は、人の生命なり、十二経(鍼灸学の身体を流れる気の流れの十二経脈のこと)の根本なり」と書かれている。ここは生命の根本が集合している。気を養う術は、常に腰を正しくすえて真気を丹田に集め、呼吸を静かにし荒くせず、事をする時は胸中から何度も軽く気を吐きだして、胸中に気を集めないで丹田に気を集めなければならない。こうすれば気は上らないし、胸は騒がないで、力が養われる。...中略... とにかく技術を行うもの、とくに武士はこの法を知らなくてはならない。また道士が気を養い、僧が坐禅するのも、みな真気を臍の下に集中する方法である。これは主静(妄想を去り心を静かにする)の工夫であって、彼らの秘訣であろう。"と説いています。
 能の大成者と言われる世阿弥の父・観阿弥の言葉を記した『風姿花伝』という書に「一切は、陰陽の和するところの境を成就と知るべし」と書かれています。観阿弥は、陰陽の和合する境界こそが全ての成就の元であるという言葉を残しています。すべて陰陽の中庸を求める思想は東洋哲学の基本であり、大自然の営みにも共通したものです。
 ここまでお読み頂いた皆さま、身体の中心は発見できたでしょうか? 身体の中心はどこにあるのか?という問いは、"背(陽)と腹(陰)のバランスがとれた姿勢の中で、身体動作の中心が丹田にあること"なのだと思います。

おわりに
 東洋医学研究所?、また、そのグループにおいて行われる基本の鍼治療は生体制御療法です。ここで使われるツボ(経穴)は、背中とお腹にバランスよく配置され、まさしく陰陽の調整も考えられた治療です。この鍼治療を健康保持、増進という観点から生活の中に取り入れ、体調を整えて頂けると有り難く思います。さらに、丹田を意識したバランスの取れた姿勢を皆さまが体得できれば、「腹の底から幸せを感じる」ことのできる、素晴らしい人生が実現できるのではないでしょうか!

文献
 ・スポーツ動作学入門.石井喜八・西山哲成 編著.市村出版.2002
 ・身体意識を鍛える.高岡英夫 著.青春出版社.2004
 ・身体感覚を取り戻す.斎藤学  著.NHKブックス.2000
 ・日本人の身体能力を高める「和の所作」.安田昇 著.マキノ出版.2007
 ・養生訓 全現代語訳.伊藤友信 訳.講談社学術文庫.1982
 ・解剖学アトラス.越智淳三 著.文光堂.1990
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