なぜ正しい姿勢・美しい姿勢が大事なのか 東洋医学研究所?グループ 二葉鍼灸療院 院長  田中 良和
2010-03-01 15:32
東洋医学研究所
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平成22年3月1日号 

前回のコラムでは、正しい姿勢・美しい姿勢とは自然体であるというお話をさせて頂きました。今回は、それでは、なぜ、姿勢というものが身体にとって大切なのかということを、生命進化のプロセスとヒトの成長から考えていきたいと思います。

〜プロローグ〜
 生命が地球上にはじめて誕生したのが、今から約38億年前だと言われています。5億5千年前のカンブリア紀には、それまで数十種類しかいなかった生物が突如1万種にも爆発的に増加し、多種多様な生物が誕生しました。系統発生的な進化には重要な時期であったようです。ヒトも他の生物同様、そこから進化していきます。

〜第一幕〜
 生命進化のプロセス中で大激変の一つであったのが、生物が水棲から陸棲に変わったことです。この出来事により、水中の0.7%から21%へと酸素量が30倍に増加し、地球の重力(引力)が見かけ上6分の1から1へと6倍化し、生活媒体が生命を支える水から生命を脅かす乾燥性の空気に変化し、その重量と比熱に注目すると空気のそれは水の数千分の一となりました。
 水棲生物が陸に上がり、のたうち回ると、まず血圧が上がるとともに、筋肉が活性化して酸素を要求し、筋肉が血管を誘導するサイトカイン(ホルモンの一種)を分泌すると考えられています。筋肉運動の増加で毛細血管が誘導されると、この血管に神経節から中胚葉性の交感神経(自律神経の一つ)が血管運動神経として発生します。さらに活発に動くと、エネルギー代謝は何十倍にも増加します。交感神経とともに拮抗作用のある副交感神経も発生し、血管や他の臓器の働きを二重支配します。
 また、同時に動きが活発になれば(筋肉を動かせば)脳も刺激され、大脳運動野から錐体路神経系が発生し、意志の力で体壁の筋肉が動くようになります。
 生まれたばかりの赤ちゃんは、まだ歩くことはできませんが、手足をバタバタすることにより、消化・吸収・排泄の機能に刺激を与え、さらに舌をペロペロさせながら、呼吸・循環の機能に刺激を与え、成長を促します。そして、徐々にハイハイから始まり、四足で歩き、つかまり立ちから直立二足歩行へと移行していきます。地球上で人間が常にかかる重力は先ほども述べましたように1Gです。四足から二足になること、すなわち、立つことにより約2倍の2Gの重力(位置エネルギー)がかかります。赤ちゃんは少しずつ、重力の適度な刺激を筋肉や骨、関節に伝えながら成長していきます。まだ骨が軟らかく関節が軟弱な赤ちゃんを早く立たせたり、幼児を長い間重力にさらすことは、骨や関節を傷める元凶であるとも言われています。
 進化の過程、ヒトの成長過程からみると、「正しい姿勢・美しい姿勢とは、地球の重力に抵抗しながら、重力をうまく利用し、身体に様々な生理作用や遺伝子発現を及ぼすためのもの」であると言えるのではないでしょうか。

〜第二幕〜
 どうしてヒトが直立二足歩行になったかは多くの議論があるようですが、現実にヒトは地球という大地を二足で踏みしめています。ヒトが食物を得るため、仕事をするため、遊ぶためなど生活を営むためには、身体を動かさなくてはなりません。動くのは骨でもなく内臓でもなく、筋肉が身体を動かします。心臓も筋肉により動きますし、目の焦点も、内臓の動きも、動脈もすべて筋肉の動きがなくては成り立ちません。
 発生学的にみると、筋肉の運動が活発になることで交感神経など自律神経系が発生したと述べました。背骨は頸部に7個、胸部に12個、腰部に5個、そして仙骨や尾骨に続き、それらの骨が関節を形成しています。その背骨を中心として、下肢、腸骨、上肢、肩甲骨、頭部が連結しています。胸椎から腰椎の上部の骨間からは交感神経が出ており、筋肉の動き(運動神経)や、触覚や熱い、冷たい、痛み(感覚神経)を司る体性神経系と繋がっており、皮膚や筋肉、内臓などがお互い影響し合っています。副交感神経は中脳や脳幹などの中枢から、末梢では仙骨から出て、交感神経とともに各臓器や器官の調節を行っています。
 「運動を行い、あるいは、筋肉に無理のない姿勢を保つことにより自律神経系が調節される」ということが言えるのではないでしょうか。
 また、自律神経系の中枢は視床下部にあります。ここは内分泌系(ホルモン系)の中枢でもあります。内分泌系では、視床下部から下垂体へ指令が送られ、下垂体から全身へホルモンが放出され身体の調節を行います。自律神経系と内分泌系はそのような部分でも深い繋がりがあります。
 「運動を行い、あるいは、筋肉に無理のない姿勢を保つことによって、ホルモン調節にも影響を及ぼす」可能性もあると言えるでしょう。
 先月のコラムで海沼先生も書かれているように、白血球を介して、免疫系と自律神経系も深く関与しています。詳細は先月のコラムをご参照ください。白血球は顆粒球、リンパ球、単球に分類され、これらは一定のバランスを保ち、身体を外敵から、あるいは、内部の反乱分子から防衛する役割や、細胞の新陳代謝にも関わっています。
 「運動を行い、あるいは、筋肉に無理のない姿勢を保つことによって、免疫系のバランスを調整し、身体の防御機構に影響を及ぼす」ということも考えられます。

〜第三幕〜
 身体を制御・統合し、身体の総合的な調整を行うのは脳の役割です。脳については最近多くのことが解明されてきています。脳神経系はモノアミンやペプチドと言われる多くの神経伝達物質などが関与して機能が営まれています。その中でも有名なのが、何かの刺激(恐怖や不安、驚き)に反応するノルアドレナリン、嬉しさや喜びといった反応を起こし、興奮状態を持続させたり、脳神経系の警戒状態を研ぎ澄ませるドーパミン、それらをコントロールし、脳の機能を正常に保ち、脳の警察官とも言われるセロトニンなどがあります。
 さて、不良姿勢により、筋肉が常に緊張している状態であるとどうなるでしょうか?前述したように、皮膚感覚と筋肉運動そして、内臓機能とは、自律神経系−内分泌系(ホルモン)−免疫系において密接な関わりを持って、身体のバランスを調整しています(恒常性の維持)。不良姿勢をとり筋肉に持続的な緊張があると、身体は常に交感神経緊張状態となります。脳神経系においてもノルアドレナリンやドーパミンの機能が亢進し、セロトニンがうまく働けなくなります。持続的なストレスは逃走―闘争状態であり、副腎皮質からコルチゾールというストレス物質が持続的に放出され、末梢への血流が低下します。それにともない末梢の各組織や器官では細胞レベルで働きが衰え、それがさらに持続、蓄積すると身体は変調をきたし、そこにあらゆる条件が重なると、いわゆる病気という状態になるのではないでしょうか。
 「運動を行い、あるいは、筋肉に無理のない姿勢を保つことにより、生体の恒常性維持機能を正常に働かせ、病気にならない体づくりができる」ということも言えるのでしょう。

〜第四幕〜
 姿勢保持という観点において、一本の棒をコンピューター制御で立てようとする倒立振子(トウリツシンシ)の実験をみると、秒速1000メートル以上の演算・出力応答スピードが要求されます。ヒトの神経系の伝達速度は秒速100メートルですから、自然科学的には神経系の働きだけで、身体の姿勢を保持するのは無理があるという見解もあります。姿勢保持には、内臓や体の中の液性成分が瞬時に移動することがまず関与し、その後、神経系が対応するのではないかということです。まるで船が左右のヒーリングタンクに海水を排・注水してバランスをとるような機構が人体にも備わっているのではないかということです。逆に考えると、仕事などで固定的姿勢を長時間とると、内臓などにも何らかの負担を強いる可能性があるということです。
 「運動を行い、あるいは、筋肉に無理のない姿勢を保つことにより、内臓への負担を軽減し、内臓疾患を患わない身体づくりができる」とも考えられます。

〜エピローグ〜
 ここまで、生命進化のプロセスから、ヒトの成長をみつめ、身体にかかる重力を手掛かりに、様々な器官や機能に関連させ"正しい姿勢・美しい姿勢"の意味をみてきました。姿勢というのは身体にとって大切なものであるということがお分かり頂けたかと思います。
 「すべての生物において、ある器官の頻繁で持続的な使用は発達の限界を越えない限り、この器官を少しずつ強化発達させるとともに大きくし、これに比例した威力を付与する。他方、しかじかの器官を全く使用しないと、この器官はいつの間にか弱まって役に立たなくなり、次第にその力を減じてついには消滅する」
 この言葉は、初めて進化論の本格的な体系を著し、生物学という言葉を創出した人の一人であるラマルクの「用不用の法則」の第一の法則です。これは身体の使い方による(常日頃の姿勢)、筋肉をはじめとした様々な生体機能に当てはめることができると思います。
 東洋医学研究所?グループにおいて治療方法として行われる生体機構制御療法(太極療法)は腹部と背部にバランスよく配穴された治療穴(黒野式全身調整穴)を使用します。この治療を受けたから"正しい姿勢・美しい姿勢"になれるかというと、そう甘くはありません。診療を受けることで、健康の大切さや、心身の正しい姿勢を知り、身体感覚の気づきとなることでしょう。あとはご自身が日頃から"正しい姿勢・美しい姿勢"を心がけ、実践する心がまえ(姿勢)が、病気にならない体づくり、そして、豊かな人生に繋がっていくのだと感じます。

文 献
・『究極のトレーニング』 石井直片 著  講談社
・『身体感覚を取り戻せ』 齋藤 孝 著  NHKブックス
・『免疫・生命の渦』   西原克成 著  哲学書房
・『「赤ちゃん」の進化学』 西原克成 著 日本教文書
・『アスリートのためのコアトレ2』 有吉 与志恵 著  ベースボールマガジ社
・『ヒトの進化』  岩波書店
・『脳を鍛えるには運動しかない!』 ジョン・J・レイティ 著  NHK出版
・『構造医学』 吉田勧持 著  エンタプライズ
・『ニュートン別冊 生命科学がわかる100のキーワード』 ニュートンプレス
・『ニュートンムック ここまで解明された 最新の脳科学 脳のしくみ』 ニュートンプレス
・『鍼灸師・柔道整復師のための 局所解剖カラーアトラス』 北村清一郎 編集  南江堂
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